鱒釣日記


ルアーで鱒を釣ってしまう日々。
by masuturi
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ルアーフィッシングという生き方。

10月14日
丹沢の川 5:30~18:00 曇
釣果 イワナ7

今日は丹沢の最終日。
どうせ川は人でいっぱいだろうと
ある種、諦めた感覚で車を走らせる。
車止めにはすでに4台。
用意を整えているうちにも、次々に後続が到着してくる。
急き立てられるようにあわてて林道に足を踏み出す。
今日は雰囲気だけでも楽しめればいいだろう……いくらそう言い聞かせても、やっぱり心は落ち着かない。
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すっかり秋の丹沢は肌寒く、リュックの底にしまいっぱなしだった上着なぞ、久しぶりに取り出して着込む。
今年の釣りはいろいろな出来事があった。
時間があっという間に通り過ぎていったのも頷けるというものだ。

河原でタックルの準備をしていると、ガサガサと崖を下りてくるのは初老の男性。
嫌な予感。
『…釣りですか?』
『いや、わたしは山登り』
現金なもので、それを聞いた途端に表情もやわらぐ。
どこまで行かれるんですか?お気をつけて、なんて言葉まで口をついて飛び出す。
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冷たく透き通った水を前に、焦燥は似合わない。
もっとおおらかな気持ちで臨まなければ、大切なものを見失ってしまう。


別に、大きな魚を釣りたいわけじゃない。
たくさんの魚を釣りたいわけでもない。
そんなことのために山まで来ているつもりはない。

そりゃ魚が釣れればうれしいけど、釣れなくても楽しい。
ルアーフィッシングとは釣りであって、釣りでない。
目的は魚を釣ることではなく
魚を釣ろうとする過程であり、その過程で出会う困難や感動だ。
自分にとってそれは生き方そのものだ。

お金だってたくさん稼げればいいのだろうけど
それだけじゃ人生はちょっと寂しい。
生きること、幸せを求めることってのは
試行錯誤を繰り返すことそのものだ。

そして小さな魚が、自分の人生に彩りを添えてくれる。
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いくつもの滝を乗り越えて進んでいく。
沢は幾筋にも分かれ、流れは細くなっていく。
しかし、そんな流れにもイワナはしっかりと息づいている。

ピンと張り詰めた体はいかにも美味しそうだ。
だが今日一日さえ生き延びれば、あと半年は安心して暮らせるのかと思うと
どうしても持って帰ることはできなかった。
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まるで何かに魅入られたかのように
ふらふらと山の奥へ奥へと吸い込まれていく。
二俣を右に行ったつもりが、知らず知らずのうちに左俣を選択していたらしい。
なんだか見たことのない景色が続いていたが、そのときは気づかなかった。

やがて轟々と前方から音が響き渡ってくる。
見上げるほどの大きな滝が行く手を遮っている。
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規模も雰囲気も十分の滝壺にルアーをキャストするが、魚はただの一匹も出てこない。
しかし、今ここで釣りをしているという
その事実だけで満足しておこう。
この続きは、また来年のお楽しみだ。

さあ、これから長い長い下山が待っている。
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たった今下りてきた山に向き直ると、帽子を取ってそっと一礼。
『ありがとうございました』
誰にも聞こえないように、口の中だけでつぶやいた。


ヒットルアー  アレキサンドラ50S  ニアキス
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by masuturi | 2006-10-15 21:27 | 釣行記2006
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